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生老病死 -読み解き方

お釈迦様の「生老病死」について、日野原先生によると別の読み解き方ができるとおっしゃっています。

生涯の課題
・どうよくきるか
・どうよくいるか
・どうよくむか
・どうよくぬか


どんなよい病人になるか
どういうよい老人になるか
「死をどう生きるか」

+ + +

お釈迦様は、人間の一生を「生・老・病・死」という四つの言葉で表しました。人間には、生きる苦しみ、老いる苦しみ、病む苦しみ、そして死ぬ苦しみという、四つの苦しみがあるとお釈迦様は言われたのです。私はいつもこの四つの苦しみを、別の読み方にしてご紹介しております。つまり、どうよく生きるか、どうよく老いるか、どうよく病むか、どうよく死ぬか、と。この四つが私たちの生涯の課題ではないかと、私はそういうように考えているわけです。

ですから、病気になったときに、ただ病人になるのではなしに、どんなよい病人になるか。年をとってきて老いを感じるようになってきたときに、どうよい老人になるか。最後に、死ななくてはならなくなったときに、どうよく死ぬかというように考える。つまり「死」ということに対しても「死をどう生きるか」というふうに読みかえたいと思うのであります。(『家族を看とるとき』 日野原重明 編著 春秋社 2005  p18~19より一部を引用しました)


家族を看とるとき―メメント・モリ〈2〉 (メメント・モリ (2))


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『家族を看とるとき』

この本は、ホスピス・緩和ケアに関するセミナーの講演録からまとめられたもので、ホスピスの第一線で仕事をされている医療者、そのほかの方たちによって、率直な意見や大切な考え方が述べられています。

+ + +

ホスピスでも普通の生活を
ある患者さんは、長野からいらしていて、また長野に帰られる予定だったのですけれども、病状が進行して帰れなくなりました。最期の日々を一緒に暮らしていた二匹の猫と過ごしたいとおっしゃって、長野から飛行機で猫を運んでまいりました。猫は最初とてもおどおどしていてなじめませんでしたけれども、そのうちその患者さんの部屋で一緒に暮らし始めました。お布団の中に入って患者さんの体にぴたっと体を寄せて、約二週間、一緒に暮らしました。患者さんはやはり精神的にとても落ち着かれたようで、最期はその二匹の猫にも看とられて旅立たれました。(『家族を看とるとき』(日野原重明 編著 春秋社 2005)p79より一部を引用しました)

存在だけで人を癒すことができる
私も三匹の猫と一緒に暮らしておりますが、動物たちから学ぶことが多くあります。あの猫たちは身一つで生きていて、しかも至極満足そうです。(途中省略)

それからまた、うちの猫たちには時がありません。昨日のことも反省しないし、明日のことも思い煩わない、確かに在る<今>をしっかりと生きているということを感じます。あの強さもすごいと思うのです。そして、存在だけで人を癒すことができる。これは私たち医療者にとっては究極の目標であります。注射がなくても何がなくても、私という存在だけで人を癒すことができるということです。(以下、省略)(同書、p80~81より一部を引用しました)


家族を看とるとき―メメント・モリ〈2〉 (メメント・モリ (2))家族を看とるとき―メメント・モリ〈2〉 (メメント・モリ (2))
(2005/05)
日野原 重明 山折 哲雄

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自分らしく生き抜く

緩和ケアでもっとも大切なことが次のように書かれています。
・患者さんが自分のペースで過ごすことに重点をおく
・緩和ケアは自分らしく生き抜くことを手助けすること

+ + +

がんなどの病気による体の痛みや不安を和らげる「緩和ケア」。がん対策基本法の重点項目で、厚労相が指定する「地域がん診療連携拠点病院」は医師や看護師、薬剤師、臨床心理士、ソーシャルワーカーらでチームを組んで緩和ケアにあたらなければならない。県内の拠点病院で唯一、緩和ケア専門の病棟をもつ三豊総合病院(観音寺市)を訪ねた。

開設は00年。病棟は山並みを見渡せる5階にある。家族と一緒に過ごす時間を大切にするため面会時間に制限はない。キッチンを備えた談話室では週1回、お茶会も開かれる。12床ある病室はすべて個室でトイレ付き、家族用のベッドを置いても十分な広さがある。看護師は15人で、2交代制をしく。

野田弘子師長は「時間をかけて患者さんに接し、気持ちを受け止められる環境は大切。緩和ケア病棟では、患者さんが自分のペースで過ごすことに重点を置いています」と話す。

例えば、決められた時間だからと機械的に体温を測るのではなく、患者に声を掛けながら体に触れて熱をみる。患者にどう接したらいいか戸惑っている家族がいれば、そっと声をかけるという。

昨年度、同病棟に入院した患者は109人。平均在院日数は約1カ月で、103人がここで亡くなった。だが、「緩和ケアは亡くなるのを手助けするのではなく、自分らしく生き抜くことを手助けすることだと知ってほしい」と野田師長は強調する。寝たきりだった患者が、痛みを緩和することで、歩けるようになった例もあるという。

同病院では85年ごろから院内で症状緩和の勉強会を重ねてきた。白川和豊院長は「医療の原点は患者さんの苦痛を取ることで、緩和ケアは特殊な医療ではない。患者さんや家族は体の苦痛だけでなく、精神的、社会的にも支援が必要な苦痛を抱えている」と言う。

がんで死亡する人は県内で年間約3千人にのぼる。一方、在宅で緩和ケアを支える在宅療養支援診療所は実際に機能を果たしている施設は半数に満たないという。白川院長は「必要な医療資源は何か、住民自身も、行政も一緒に考える必要がある」と訴えている。

asahi.com > マイタウン > 香川 > 患者のペース尊ぶ緩和ケア(2009年10月10日)より引用しました

最後を迎える時の気持ち

猫の最期に関する、獣医師さんの体験からのお話です。

穏やかに旅立つためには、
(1)束縛を少なくして、のびのびと過ごさせること。
(2)誰かの役に立っていると感じさせること。
(3)狩りに成功する経験(実際には狩りゲーム)。
(4)失敗や困難を経験する。


(1)~(3)は喜びにつながり、(4)ちょっとした失敗や困難を乗り越えられたことの喜びを感じることだそうです。ほぼ、人間と同じ。飼い主として、ほっとできるような内容に出会えました。

1~2は、家族が協力できるかもしれないし、3はももの場合、“野生児”に育ててしまったので問題ないかも?しれません。カメチョロ、セミ、すずめ、子ねずみ…、ももはいろいろな獲物を持って帰ってきました。子猫~成猫まで、家の中にいるより外が大好きだった頃の記憶がももの中に残っていますように。それから、特に4番。自分の病気をちゃんと乗り越えたことをしっかり覚えていてくれますように。

+ + +

第71回

Q. うちの『ミーコ」が亡くなった時のことです。17歳という高齢で、最後の数年間は、よく咳き込んで苦しんでいる姿を目にしました。けれども最期の時、ミーコはうっとりとした表情で、布団にモミモミ運動を続けながら天国へ旅立ちました。まるで、子猫が母親に甘えているかのような表情。猫って皆、亡くなる時に、ああいった表情をするのでしょうか?

A.  私は臨床獣医師として、多くの猫の死を見てきました。最期の最期まで病気やケガと闘って亡くなる猫もいれば、闘っている時には苦しそうにしていても、最期の時には静かに亡くなる猫もいます。力尽きて亡くなる場合もありますが、それとは違った、とても安らかな様子で旅立つ猫も少なくありません。死を迎える時には、苦しいのでしょうか?

死を迎えるその瞬間は意識もなく苦痛もないと思われますが、死に向かっている時には、呼吸や心臓などの働きが著しく低下するので苦しみや痛みを伴うように思います。しかし、安らかに、幸せそうに最期を迎える猫はいるのです。

脳内麻薬の分泌が関係
感情に関係している物質は3つあります。これらが感情をコントロールしていると考えられています。
(1)ノルアドレナリン 
怒りのホルモンという別名があり、腹が立った時に分泌されます。
(2)アドレナリン 
恐怖のホルモンと呼ばれ、恐怖や不安を感じると分泌されます。
(3)ドーパミン 
感情を最高に動かす快感物質で、うれしい時や楽しい時に分泌されます。
(1)~(3)の脳内ホルモンの微妙な配合によって様々な感情が起きているわけです。

例えば、ノルアドレナリンとドーパミンが分泌された場合でも、ドーパミンが多ければ愛情がわいてきますが、ノルアドレナリンが多いと憎しみを覚えます。脳の中にドーパミンが分泌されると快感を感じ、気分がよくなると同時に脳全体の働きを順調にします。しかし、ドーパミンが過剰に分泌されると、精神障害を引き起こす恐れがあります。そこで、ドーパミンの快感・覚醒作用を抑制する役が必要となり、そのシステムがギャバ神経です。この抑制システムギャバ神経の働きを抑制するのが、β-エンドルフィンなどの脳内麻薬なのです。つまり、脳内麻薬の働きにより、少ないドーパミンで、有効で安全な快感・覚醒作用が得られるということになるのです。

人では、「死の暖間に脳内麻薬が大量に出ることがある」と考えられています。脳内麻薬とは、β-エンドルフィンなど約20種の化学物質のことで、化学構造がモルヒネに似ていること、臨死体験をした人の見た光景がモルヒネを大量に摂取した時に見る幻覚とよく似ているなどから、脳内麻薬と呼ばれています。

うっとりとした表情で旅立っていった山本さんのミーコちゃんには、きっとこの脳内麻薬が分泌されたのでしょう。しかし、どの猫でもミーコちゃんのような死を迎えることができるわけではありません。

穏やかに旅立つために
どうすれば、楽な死を迎えられるほどの脳内麻薬が分泌されるようになるのでしょうか?それは、脳内麻薬を分泌させるトレーニングをすることです。
(1)束縛を少なくして、のびのびと過ごさせること。
(2)誰かの役に立っていると感じさせること。
(3)狩りに成功する経験(実際には狩りゲーム)。
(4)失敗や困難を経験する。

(1)~(3)は喜びにつながり、喜びを感じると脳内麻薬が大量に放出されます。(4)ちょっとした失敗や困難でも、それを乗り越えた時には喜びが得られます。このように脳内麻薬を放出する機会を増やせば増やすほど、死という最大の難関と向かい合った時にも、脳内麻薬は大量に出てきてくれると考えられます。

苦しそうに亡くなっていった猫の一生が、つらいものだったというわけではありませんが、猫が幸福そうに穏やかに旅立っていったのなら、その一生は喜び多いものだったといっていいのでしょう。

高円寺アニマルクリニック 猫の手帳 質問集[71]最後を迎える時の気持ち より引用しました(※下線はブログ管理者によるものです)

生活から消えた「死」

時代は移り変わるのがつねですが、「核家族化」と「病院死」によってますます「死」が見えにくくなっていると、中川先生はおっしゃっています。

+ + +

今や、「畳の上で死ぬ」人はほとんどいません。8割以上が病院のベッドの上で亡くなっています。しかし、50年前は8割以上が、そして、僕の生まれた1960年でも7割の方が、自宅で亡くなったものでした。

一方、核家族化が進んで、現在、小学校の1クラスで、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に暮らしている生徒は1~2人と言われています。

「核家族化」と「病院死」。これらが、日本人の死生観に影響を与えていると思います。少し前まで、日本人は大家族で暮らし、生まれ育った家の畳の上で死んでいました。子どもたちは、自分の老いと死を生活の中で「予習」できたわけです。

今の子どもが一緒に暮らすのは若い両親だけになり、生活の中で「老い」を見ることはありません。死は、病院の中に「隠蔽(いんぺい)」され、やはり生活や意識の中から消えてしまっています。

あるアンケートによると、「死んでも人は生きかえるか」という質問に対して、小学生の34%が「はい」、32%が「わからない」と回答しています。死の「リアリティー」が失われてしまっているのです。そして、このことが「がんを知る」ことも困難にしています。

今さら、皆が昔の大家族や在宅死に戻ることはできないでしょう。処方箋(しょほうせん)は、学校で、がんと死について教えることだと考えます。ところが、日本の小・中学校では、死の教育はおろか、からだや病気のことも、ほとんど教えていません。

日本は、保健と体育が「保健体育」という一つの教科ですが、多くの先進国では、保健と体育は別教科です。そして、日本の保健体育は、事実上、「体育」になってしまっています。保健を教える先生は体育の先生。実は、保健体育の先生は、教師の中でも喫煙率が高いというデータもあります。これでは、がんの教育も難しいでしょう。

日本人の半数が、がんになる時代を迎え、がんと死を学校で教える必要が高まっています。僕は、企業などからの寄付を募って、分かりやすいがんの副読本を中学3年生全員(約120万人)に配布できないかと計画しています。(中川恵一・東京大付属病院准教授、緩和ケア診療部長)
毎日新聞 2009年7月28日 東京朝刊

毎日.jp > ライフスタイル > 健康 > Dr.中川のがんから死生をみつめる:/16 生活から消えた「死」より引用しました。

医者の仕事・患者の仕事

帯津先生の信じる道を歩む姿、いつも自然体でどこにでも出かけて行って,患者さんや聴衆に率直に語りかける姿には共感することがたくさんあります。

ふだんの暮らしの中で、「死」はおろか自分以外の周りの環境や、自分のことをちゃんと受け入れているだろうかと、気づかせてくれます。「死」について考えるとき、より一層鮮明に「生きること」が見えてくるのは確かです。

記事の中から抜粋:
・人間はいずれは死ぬ。日ごろからそれを感じ、視野に入れておく。
・そうしないと、狼狽(ろうばい)して最期を迎えることになる。
・医者にとっても「死」は闘う相手ではない。
・死を「味方」と考えて、死後を含めた「充実した生」を勝ち取る。
・というのが医者の仕事であり、患者の仕事。

+ + +

来年のテーマは「のたれ死に」

--毎年のテーマがあるそうですね。来年は「のたれ死に」って本当ですか

帯津) そうですよ。仕事中に死ぬのが理想ですが、居酒屋で飲んで出てきたとたんに道端で死ぬのも悪くない(笑い)。理想は「達者でポックリ」。“チューブまみれ”にされ、意識も無くなって死にたくはないでしょう。

“死にどき”の判断基準を持っていたほうがいいですよ。私は、日曜日の昼下がりに、行きつけの中華料理店で生ビールをやりながら上海焼きそばを食べるのが至上の喜びなんですが、そこへ、ひとりで歩いていけなくなったら「そろそろかな」ってね。

--どんなときに「死」について考えますか

帯津) 家でひとりで晩酌をやったりするときですかね。両親のことや先に逝った仲間のことを考えたりします。いまや家内までが逝きましたから、私はますます逝きやすくなりました。

繰り返しになりますが、人間はいずれは死ぬ。日ごろからそれを感じ、視野に入れておかなければ、狼狽(ろうばい)して最期を迎えることになってしまいます。医者にとっても「死」は闘う相手ではない。むしろ「味方」と考えて、死後を含めた「充実した生」を勝ち取る、というのが医者の仕事であり、患者の仕事だと思います。

--映画「おくりびと」がヒットしました

帯津) 「おくりびと」の原作とされる「納棺夫日記」を書いた青木新門(しんもん)さんとは“飲み友達”です。私は、本の中にある「(末期者には)透き通った風のような人がそばに居るだけでいい」という一節に圧倒されました。

私が子供のころは、人々は家で死ぬことも多く、日常的に「死」を感じる場面がありました。ところが最近は家庭で死ぬことがなかなか難しいのです。末期がんの場合でも何らかの苦痛を伴いますから、訪問看護では対応しきれない。結局、病院で死ぬことになり、「死」はますます日常から遠ざかっていきます。「おくりびと」は死を身近に感じるきっかけになったんじゃないでしょうか。

--ところで、患者さんが先生の顔を見ると、気さくに声をかけていきますね

帯津) ざっくばらんな間柄ですからね(笑い)。私は患者さんの話をじっくり聞くことから始めます。話を聞けば医者のエリート意識なんてなくなりますよ。

産経ニュース > 生活 トレンド・話題 > ニュース・生活 > 【話の肖像画】「死」は楽しみ!!(下)医師・帯津良一 2009.7.23 03:43 より引用しました。

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ロングテイル

Author:ロングテイル
名前:もも
1997年生まれ
毛色:茶色
好きなこと:
玄関脇のかさぎから空を眺めること、柿の木に登ること。

*このブログについて
(by ロングテイル)
物心ついた時から猫が大好きで、猫とともに暮らして30年以上。
2006年秋、もも(当時9歳)が鼻腔内リンパ腫と乳腺癌を同時に発症。
猫の病気や食事のあり方についての理解不足を反省し、このブログを作りました。特に、鼻腔腫瘍に対する放射線治療、乳腺切除手術と回復の過程について書いています。そのほかに、治療後の様子や日々感じたこと、病気について調べたことなどを書きとめていきます。

*主な内容は次のとおりです。
 ・鼻腔内リンパ腫の治療と予後
 ・乳腺切除手術後の回復過程
 ・がんの猫の食餌管理
 ・猫の乳がん
 ・おすすめの猫本
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